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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14405号 判決

原告

南正信

右訴訟代理人弁護士

長谷一雄

森井利和

被告

財団法人空港環境整備協会

(変更前の名称・財団法人航空公害防止協会)

右代表者理事

手塚良成

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

大庭浩一郎

矢島匡

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三〇四万四九七〇円及びこれに対する平成二年一〇月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の職員退職手当支給規程の変更は就業規則の不利益変更に当たり無効であるとして、被告に対し、変更前の職員退職手当支給規程によって計算される退職手当から、変更後の職員退職手当支給規程に基づき計算された受領済みの退職手当を控除した残額の支払を求めた事案である。

一争いのない事実

1  原告は、昭和五〇年四月一日、被告に採用され、被告の運営する航空公害研究センターの研究員として稼働し、平成二年九月三〇日に退職した。

2  被告は、航空公害の現状調査とその対策の研究、航空公害防止のための施設、環境の整備等を事業とする財団法人であり、羽田空港内に航空公害研究センターを設置し、その他全国の主要空港に事務所を置いている。

3  被告が昭和四五年五月二日付で制定した職員退職手当支給規程(以下「旧退職規程」という。)第四条は、左記のように規定している。

退職手当の額は、職員が解雇され、退職し又は死亡した日におけるその者の本俸及び役職手当の月額の合計額にその勤続月数を乗じ、これに次の各号の区分に従い当該各号に定める割合を乗じて得た額とする。ただし、会長が特に増額の必要があると認めたときはこれを増額することができる。

(1) 勤続一年以上三年未満の者

一〇〇分の五

(2) 勤続三年以上五年未満の者

一〇〇分の一〇

(3) 勤続五年以上七年未満の者

一〇〇分の一三

(4) 勤続七年以上一〇年未満の者

一〇〇分の一五

(5) 勤続一〇年以上一五年未満の者

一〇〇分の一八

(6) 勤続一五年以上二〇年未満の者

一〇〇分の二〇

(7) 勤続二〇年以上の者

一〇〇分の二一

4  被告は、昭和六三年三月一〇日付で旧退職規程を変更し(以下「本件退職規程変更」という。)、昭和六二年一〇月一日から適用することとされた。変更された職員退職手当支給規程(以下「新退職規程」という。)第三条は、左記のように規定している。

次条又は第五条に規定する場合を除き、勤続期間二四年以下の者に対する退職手当の額は、退職の日におけるその者の俸給月額に、その者の勤続期間を次の各号に区分して、当該各号に掲げる割合を乗じて得た額の合計額とする。

(1) 一年以上一〇年以下の期間については、一年につき一〇〇分の一〇〇

(2) 一一年以上二〇年以下の期間については、一年につき一〇〇分の一一〇

(3) 二一年以上二四年以下の期間については、一年つき一〇〇分の一二〇

5  被告は、昭和六三年三月一〇日付で従来の職員給与規程(以下「旧給与規程」という。)につき、通し号俸制を改め、職務の内容及び責任の度合いに応じて六段階の格を制定し、この格に対応して一級から六級の俸給表を新設すること等を内容とする職員給与規程(以下「新給与規程)という。)を定め(以下「給与規程改正」という。)、同日からこれを施行し、昭和六二年一〇月一日から適用されることとされた。

6  なお、新退職規程の附則第三項には、「昭和六二年九月三〇日現在在職する職員(次項の職員を除く。)については、この規程による退職手当の額が、旧規程による施行日の前日における退職手当の額に満たないときは、その差額を、この規程による退職手当の額に加算して支給する。」と定められたが、被告は、昭和六三年八月一六日付「職員退職手当支給規程の一部を改正する規程」をもって、右附則を、「昭和六二年九月三〇日現在在職する職員(次項の職員を除く。)については、この規程による退職手当の額に、適用日の前日における旧規程による退職手当の額と、適用日におけるこの規程により計算した退職手当の額との差額を、加算して支給する。」と改正し(以下「本件附則」という。)、「この規程は、昭和六三年八月一六日から施行し、昭和六三年七月一日から適用する。」との附則を設けた。

7  原告は、退職当時、在職年月数が一五年六月(一八六月)となっており、俸給が新給与規程の三級一〇号で二五万〇七〇〇円であったところ、被告から、新退職規程による退職手当三八八万五八五〇円と、本件附則による加算額二三三万四五〇〇円との合計六二二万〇三五〇円の退職手当を受領したが(原告は六二八万一〇七〇円を受領したことを自認している。)、原告は、右俸給を基礎として旧退職規程により退職手当を計算すると九三二万六〇四〇円となるとして、被告に対し、その差額三〇四万四九七〇円の支払を求めた。

二争点

退職手当の算定基礎・支給倍率に関する本件退職規程変更が就業規則の不利益変更に該当して無効であるか否か。

三当事者の主張

1  原告

(一) 給与規程改正と本件退職規程変更との間には客観的な関連性はない。

本件退職規程変更が給与制度全体の見直しの一環として行われたかどうかは、当時、原告を含む一般の職員には知らされていなかったのであり、職員にとっては、給与規程改正と本件退職規程変更とはまったく無関係なものとして意識され、それが一体をなしているなどとの認識はなかった。なお、被告の職員のなかには労働組合は組織されておらず、被告が主張する「制度全体の見直し」なるものを職員の代表者が事前に説明を受けたこともない。

(二) 旧退職規程によると、原告に対する退職手当は本給に37.2を乗じた金額であるにもかかわらず、新退職規程によると、本給に15.5を乗じた金額となり、これ自体が不利益である。

給与規程改正と本件退職規程変更とが、被告にとって労務政策上の主観的関連性ないし一体性があったとしても、個別的な雇用関係において客観的な関連性ないし一体性を有していない以上、給与規程改正による給与増額分と本件退職規程変更による退職手当の減額分を比較して、原告に不利益がないとするのは、本来同一に論ずることができないことを強いて同一の問題として議論しているものであって、誤りである。しかも、給与は毎年上昇し、また定期昇給のほか、ベースアップがあるのが通常である。したがって、不利益性を考える場合、給与の上昇がないものとして比較することはできないし、ベースアップがないものとして比較することもできない。さらにまた、被告では定年まで勤務する職員はなく、途中で退職する者が多いことを考えると、定年まで勤務するという前提で給与総額を比較することはそもそも現実的ではなく、定年までの給与総額を比較の対象とすることはできない。原告のように現に中途で退職した場合の退職手当金額についての影響を考えるべきである。

原告ら職員は、公務員並みの待遇を保障されるとして被告に雇用されたのであるが、それまで決して公務員並みの保障など受けることがなかった。例えば、過去の賃上げ水準を公務員との比較で検討すると、昭和五八年度は人事院勧告が6.4パーセント、その実施が2.03パーセントであったのに、被告職員の給与は逆にベースダウンされている。昭和五九年度は、人事院勧告が6.44パーセント、実施が3.37パーセントであるのに対して、被告の賃上げは1.05パーセント、昭和六〇年度の人事院勧告が5.7パーセント、実施が5.3パーセントであるのに対して、被告の賃上げは2.31パーセント、昭和六二年度の人事院勧告が2.3パーセント、実施が2.31パーセントであるのに対して、被告の賃上げは2.28パーセントであったに過ぎない。公務員との格差は広がりこそすれ、決して原告らが公務員並みの待遇を得ていなかったことは明らかである。被告における給与の増額は、このような過去の不誠実な賃上げの結果が累積してなされるべくしてなされたものにほかならない。給与規程改正の結果による給与の増額は、原告らにとって必然的かつ現実的な結果である。

(三) 本件のように、労働組合の存在しない職場において、就業規則が変更される場合、労働者の既得の権利を奪うときは、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則として許されず、当該就業規則の変更が合理的である場合においてのみ一方的不利益変更が許容されるというのが確定した判例である。そして、この場合の合理性とは、その必要性及び内容の両面から見て、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることを意味し、特に給与、退職金等労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合にのみ合理性がある。

給与規程改正と本件退職規程変更とは関連性がなく、給与規程改正が退職手当の切下げの代償的措置となっているものではない。そもそも、企業経営上からは、給与、退職手当及び一時金を含め、すべての人件費は関連性を持つといえる。しかし、問題は、そのような経営上の視点からの関連性ではない。関連性とは、当該不利益変更の見返りとして設定される事項に原則として限定される。ところが、被告は、給与規程改正と退職手当支給規程の変更をあたかも一体としているかのごとくであるが、もし仮に被告の論法に従うとしても、原告のように退職手当が現に減少してしまう者に対しては、当該不利益変更の特段の見返り措置がなされなければ、合理性がないというべきであり、本件では退職手当率の低下した職員に対して、これをカバーする給与調整措置が特段の代償措置としてとられていないのである。また、原告は、定年延長の恩恵に浴さなかったのであり、原告に実際に利益となっていないものを代償措置とすることもできない。給与増額は、そもそも公務員に比しても低い水準に留め置かれた金額を多少上昇させるに過ぎないものであり、到底代償措置とはいえない。もし給与の上昇によって補償するというのであれば、低額であった旧給与と新給与との差額を遡って補償する必要があるが、そのような措置はとられていない。また、経過措置により、既発生の退職手当を金額において保障したということだけでは、合理性を基礎づけるものとはならない。

また、被告の経営状況からすれば、被告が人件費を減額すべき必要性はなかった。被告の給与水準が低額であることは被告自身認めており、退職手当を含めても、長期勤続者、定年退職者はともかく、原告のような若年者にとって人件費を削減しなければならないような必要性はなかった。被告は、給与のあまりの低額を、世間相場からして低いとされている公務員並みに、しかも研究職であるにもかかわらず、中級職相当に格下げして格付けをして、これによって実質上給与をやはり公務員よりも低額として、他方で、少なくとも若年者について退職手当を従来どおり保障するという選択肢をとれないような経営状態ではない。少なくともそのような経過措置をとることも可能であった。しかし、被告は、そのような措置をとることなく、給与総額を上昇させないという判断を選択したのである。その結果、原告のような若年退職者にとっては、給与の上昇の恩恵を受けられないまま、退職手当を切り下げられてしまったのである。すなわち、少なくとも短期勤務後の若年退職者に対しては、退職手当切下げの必要性はない。

(四) 以上、本件では本件退職規程変更の必要性がまったくないばかりか、その不利益性は過大であり、救済措置として被告が主張するものも、救済措置としての機能を果たしていないのであるから、不利益性は明らかである。

2  被告

(一) 本件退職規程変更は、それのみが単独で行われたものではなく、被告が公的性格の団体であることから、給与、退職手当、定年制等の体系を公務員に準じた体系に近づけるように制度全体の見直しの一環として行われたものである。すなわち、退職手当の支給割合の低減は、給与増額及び定年延長の不可欠の前提であるとともに、給与増額及び定年延長の利益は、退職手当減額の不利益を補う代替措置としての役割をもっている。したがって、退職手当、給与、定年延長等の給与制度の改正は、不可分一体のもので、退職手当支給規程のみを分離して論ずることは著しく妥当性を欠くものである。

(1) 改正前の給与制度の問題点

改正前の給与制度は、概略、以下のような問題点を有していた。すなわち、①給与制度全体としては、在職中の俸給が低く、退職手当が高いという状況で、全体としてバランスを欠いており、職員の職務に対する責任感、勤労意欲等の観点からみると好ましいものではなく、職員からも在職中の俸給については、再三、改善要求がなされていた。②俸給については、単純な通し号俸制で、在職年数によって給与額が決定する仕組みになっており、職員の仕事の内容、責任に対する考慮がまったくなされておらず、職員の勤労意欲を著しく阻害するものであった。③国家公務員の俸給と比較して、下位号俸はほぼ同等であるが、上位に移行するに従って低水準となって乖離が拡大し、結果として下に厚く、上に薄いものとなっていた。④退職手当の算定方式は、算定基礎額に支給割合を乗じるという一般的方式であったが、支給割合が国家公務員のそれと比較して極めて高水準で、しかも、支給限度額がないなど、社会通念上不相当なものであった。一方で、定年延長の社会的趨勢もあり、被告においても定年延長の機運が高まっていたが、定年延長の前提として青天井の旧退職規程の是正を図る必要があった。

(2) 給与制度改正作業着手に至る事情

空港周辺のジェット機の騒音被害が増大したことにともない、昭和四二年に「公共用飛行場周辺における航空機騒音の防止等に関する法律」が制定されたが、同法においてはテレビ受信障害に対する保障措置が明文化されず、また、周辺住民の身近な問題に対する対策の実施も残されていた。そこで、このような施策を実施するため、国の対策を補完する目的で被告が設立されたのである。

被告の財政基盤は、財団法人日本船舶振興会の補助金、航空会社からの協力金等が中心であった。そして、昭和四三年の設立以来昭和五三年までの間、右振興会会長が被告の会長職にあった。このような事情から、給与及びその他の諸制度は、右振興会の規程をモデルに定められていた。しかも、給与については、当初、右振興会から助成金として受領していたため、同会の査定金額に事実上従わざるを得ず、その後給与としての助成金は打ち切られ、補助金のみを受領することとなったが、この期間は依然として航空三団体(被告、財団法人航空振興財団及び財団法人航空保安協会)は事実上同一歩調という制約下に置かれ、結局、給与水準について自主決定ができなかった。他方、航空公害対策事業の財源となる駐車場の運営は、当初、大阪空港、続いて名古屋空港で行われたが、その後次第に増加し、現在、被告は、二一地方空港の駐車場の運営を行うに至っている。その結果、駐車場運営収入が増加し、自主的財政基盤を確保するに至った。

そこで、昭和六一年度に至って、前記振興会からの助成金をも辞退することとなり、自主決定の環境が整ったことから、被告は、直ちに給与制度全体の改正を行うべく、準備作業に着手した。なお、被告が制度を定めるに際して当初範を得た前記振興会においては、被告が給与制度改正の検討に着手する以前に、すでに退職手当を見直していた。

(3) 給与制度改正の方針

被告は、昭和六一年四月に給与検討委員会を発足させ、給与制度関連規程が決裁になる昭和六三年三月一〇日までの約二年間にわたり、合計九五回の委員会を開催し、慎重な審議、検討を行った。その際、被告の給与制度総体のあるべき姿いかんという点から議論を行うとともに、職員からの要求に対する配慮及び社会の動向その他が考慮された。その具体的内容は、給与制度のあり方に関しては、俸給、退職手当その他を含めて、勤労意欲を向上せしめるようなバランスのよい給与制度とすること、被告の公益法人としての性格からどのような給与制度が望ましいか、あるいは世間一般で妥当と認められる体系とすること、被告の健全な経営の観点からどのような給与制度が望ましいか、長期的、体系的観点にたって決定すること等であった。また、被告職員の一部から、「被告は、その職員採用時において、給与等諸条件については公務員に準ずる旨表明し、職員もそれを前提に就職しているので、その約束どおり給与水準を速やかに向上、改善させるよう」強い要求があり、被告としては、右要求を無視するわけにはいかなかったこと、その他に、被告が範とした日本船舶振興会の退職規程が前述のとおり改正されていること、地方自治体等の高額退職手当制度が世間の批判を浴び、次々に引き下げられていること等を検討の結果、最終的に「公務員に準じた給与制度・待遇」とすることによって、待遇改善を図ることが相当との結論に至った。そこで、被告は、公務員準拠という基本方針に基づき、公務員の現行の給与制度を検討し、被告の実情を考慮したうえで各規程の改正試案を作成し、その具体的検討を行ったのである。

(4) 給与制度改正手続の経過

給与検討委員会は、改正試案を作成し、その審議、検討を行ったが、その過程では、検討委員会の中間報告、改正案の公表・説明、これらに対する質疑及び要望事項の聴取が何度か行われた。このうち、一般職員からの意見聴取あるいは経過報告については、被告の地方機関が全国に点在し、職員を一同に集めて説明することは不可能であった。そこで、各所長、駐車場長を本部に集めて会議を行い、同人らから現場での説明が行われた。そして、各長の説明に対する各職員の意見を次回の会議で報告してもらい、各職員の意見が改正に反映されるよう手配された。このような手順で各所より多くの意見が出され、例えば、退職手当支給規程については、東京事務所、大阪事務所等から経過措置を講じることが要望され、意見を取り入れた改正となった。また、原告が所属していた航空公害研究センターについては、さらに昭和六三年にも全職員を対象に内容の説明会が行われた。

その結果、給与規程改正、本件退職規程変更の決裁は、いずれも昭和六三年三月一〇日付でなされた。当初の予定では、報告、説明、質疑、要望事項の取入れ等を経て、昭和六二年九月一〇日付で改正案が通知され、同年一〇月一日実施が予定されたが、さらに要望事項が提出され再度改正案の修正を行った後、同年一一月に至って最終的な規程の条文の具体的調整、確定が行われた。しかし、改正が給与制度全般にわたり、関係する多くの規程の条文の検討、見直しが必要であったため、作業に予想外の時間を要した。その結果、最終的に決裁、施行は、昭和六三年三月一〇日になったという経緯にある。

なお、新退職規程は、施行日昭和六三年三月一〇日、適用日昭和六二年一〇月一日とされており、俸給については右同日付で改正されている。他方、定年延長については就業規則の改正として同年三月二三日付でなされている。つまり、定年延長は給与等の決裁より一年前に、また俸給は決裁より六か月先行して実施されている。しかし、そもそも本件退職規程変更を含め改正給与制度全般の施行は、昭和六二年一〇月一日が本来予定されていた。職員の意見を取り入れて修正を施したこともあり、また条文整備等の手続の関係から、結果として間に合わなかった。一方、給与については、職員の利益を図る観点から一刻も早い実施が望まれ、規程の正式な施行と適用に差異を生ずることを覚悟で先行実施がなされ、また定年延長についてもその時期に退職時期が到来する職員を救済するため先行実施したのである。ところで、この新給与規程と新退職規程は一体のものであって、全体として改正されたものであり(決裁日が同一)、両規程が同時に実施され、しかも施行日と適用日が同じであることが妥当ではある。しかし、今回の場合には、新給与規程が先行して実施され、新退職規程を含めて給与制度関係規程全体の調整、確定の後決裁、施行がなされたという経過にあり、この場合、給与制度として一体をなす新給与規程及び新退職規程の適用日を異にする理由はなかった。そこで、新退職規程について、施行日は昭和六三年三月一〇日、適用日は昭和六二年一〇月一日とされたのである。

(5) 給与制度改正の具体的内容

改正された給与制度の主な点は次のとおりである。すなわち、①従来の通し号俸制を改め、職務の内容及び責任の度合いに応じて六段階の格を制定した。そして、この格に対応して一級から六級の俸給表を新設した。これにより今後は格と級の二つの区分で昇格、昇級がなされることとなった。②諸手当については、勤務地別の調整手当制度を新設し、一方、食事手当は廃止したが、調整手当非該当者については食事手当相当額を準調整手当として既得権を保護した。また、住宅手当については、本来の意味に戻して職員の住宅状況に応じて支給の有無、額を定めることとした。③定年については、従来満五七歳であったものを満六〇歳とした。④退職手当については、俸給の上昇により算定基礎額が向上したが、支給割合は低下し、また従来存しなかった支給限度額が設けられた。

新給与規程にともなう俸給表の切替えに際しては、次の移行措置がとられた。①標準的な公務員が在職年数に応じて昇給、昇格した場合を想定して、その者の格に対応する新俸給表の級及び号俸へ切り替える。②以前の給与制度において存しなかった特別昇給制度を設け、公務員においては約七年間に一回の割合の特別昇給があることにかんがみ、かかる特別昇給制度を過去に遡及適用(原則として、七年間に一回の特別昇給があったものとして、新俸給表への切替えを行う。)し、このような特別昇給の遡及適用の恩恵を受けられなかった者に対しては、将来二回までは七年経過ごとに一回の割合で特別昇給させる。

以上の結果、俸給表切替時において旧制度における給与額を低下させることなしに、職員平均約10.7パーセントの給与の引上げが実現された。このような給与の増額は、職員一率の悪平等的増額ではなく、①においては職務の内容及び責任の程度に比例し、②においては勤続年数に比例した形において増額されたものである。

また、現在の給与より金額的に低下する例外的な場合等も想定されたので、既得権の確保の観点から、俸給及び手当については次の措置がとられた。①俸給は、従来の通し号俸制の下位の者は国家公務員と比較しても高いレベルにあったが、各職員の旧俸給表から新俸給表への切替えは従来の俸給を基準に行った。したがって、俸給金額が低下する者はなかった。②手当のうち食事手当の廃止をカバーするため、準調整手当を新設した。

(6) 新退職規程の経過措置

新退職規程を直ちに適用した場合、例えば、改正の日に退職したとして計算すると、算定基準となる俸給額は給与規程の改正で増額するものの、支給割合が低下するため、結果として一般的に退職手当金額は低下となる。改正作業のなかで、職員から退職手当の低下について何らかの是正措置を講じて欲しい旨意見が出され、この意見をとり入れて附則改正規程が設けられたのである。

(二) 本件退職規程変更は就業規則の不利益変更にそもそも当たらない。なぜならば、確かに、退職手当自体は本件退職規程変更にともなって減少するが、給与制度全体の改正によって、原告を含めた職員は、それを上回る大きな経済的利益を得ているからである。例えば、この給与改善効果は、改正時には職員平均10.6パーセントに過ぎないものであったが、改正から五年を経過した平成五年一月一日の時点にあっては、職員平均で63.3パーセントに及んでいる。このように、給与改善に基づく利益は、時間が経過するごとに飛躍的に増加するものであり、退職手当の減額を補っても余りあるものであり、そもそも実質的不利益が存在せず、不利益変更には該当しないのである。逆に、原告を含めた被告職員は、本件給与制度の改正により不利益を受けたどころか、極めて大きな利益を得ている。特に、このような給与体系改正にともない、退職手当として後払いされるべき金額を給与として事前に受け取っていると評価できるため、このように事前に受け取ることができたことに基づく金利相当部分の利益も相当なものになる。さらに、被告職員のうち、当然に定年まで勤続する者が出るであろうから、その者にとっては、本件定年延長により勤続年数が延長されたうえで退職手当を受領し得ることになる。加えて、改正にともなうこのような利益が時間が経過するごとに増大することも指摘することができる。したがって、本件退職規程変更が理由なく恣意的に行われてはならないことはいうまでもないが、給与制度改正により、退職手当が減額されているものの、その代償として給与が通常の昇給分を超えて増額されている点を考慮するとともに、今回の給与制度改正における本件退職規程変更と給与規程改正が密接不可分であって、後者の減額を前者の増額で補填しようとした改正の趣旨を考慮するならば、原告の不利益は仮に存在するとしても極めて軽微なものである(経済的にみるなら、現在においてはまったく不利益はなく、かえって給与改正の利益を享受している。)。

(三) 本件退職規程変更には合理性がある。

本件では職員の要求に応えて給与制度の改善(給与改善及び定年延長)を行うため、本件退職規程変更は必要不可欠な前提であったのであり、かかる改正は従来の不合理な給与制度を公務員に準じた合理的な給与制度に是正する目的から出たものであり、必要性の点において十分に理由のあるものであった。なお、変更の必要性は、不利益の程度との相関関係において判断されるべきものである。本件のように不利益がほとんど存しないと評価される場合には、必要性を厳密に衡量するまでのことはなく、合理性の存在を是認すべきである。本件退職規程変更の必要性においては、被告職員の待遇向上の前提として不可欠なものであったと評価でき、また職員からの強い要望によって行われたものであることも合わせて考慮するならば、不利益の程度と相関的に判断されるべき必要性の要件は十分に充足するものである。

そこで、不利益の程度についてみると、①経過措置により、改正時点で計算上、既発生の退職手当額は保障されていること、②公務員に準じた待遇改善を図るとの改正方針により、原告の給与額は通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、退職手当の支給割合自体が低減したとしても、退職時の俸給額に所定の支給割合を乗じて算定される退職手当金額は、支給割合の低減による見かけほど低下しておらず、金銭的な不利益は原告が本訴において請求する額よりも明らかに低額であること、③本件給与制度改正にともなって行われた給与改善による退職時までの給与増額分の累積額は、賞与及び退職手当に反映した分を含めると、原告の請求額を大きく上回っていること、④給与改善の効果は、時間が経過するごとに増大していくこと、⑤定年が延長されていること、⑥退職手当として受け取るべきものを事前に給与の形態で受け取ることができたことに基づく金利相当分の利益があること等を挙げることができる。

また、変更の必要性の高さ及びその内容については、①従前の給与制度が極めて不合理なものであり、俸給、退職手当を含めて勤労意欲を向上せしめるようなバランスのよい給与制度とする必要性があったこと、②被告の事業内容は、極めて公共性が高く、本来的には国家自身が実施してもおかしくない事業であり、このような事業を実施する被告職員は職務の性質からいえば、本来、国家公務員に準じた役割を担っているため、その待遇は本来的には国家公務員に準じたものにするのが妥当であったこと、③職員から給与に関して強い是正要求があったものの、これまでは、待遇改善の条件が整わなかったため、職員の要求に応じることはできなかったのであるが、給与の自主決定の環境も整い、給与制度改正に及んだものであること、④退職手当の算定方式については、その支給割合が極めて高水準で、しかも、支給限度がないなど、もともと社会通念上不相当な支給規程であった。加えて、職員が当時強く要求していたように、定年を延長して、かつ給与も増額するとするなら、本件退職規程変更は必要不可欠であったこと、⑤被告は、空港駐車場からの収入を主たる収入として公益的事業を行っているところ、国から空港駐車場用地の使用許可を受けている関係から、被告の自主財源の支出に当たっては合理的な制約が存在すること、⑥地方自治体の高額退職手当制度が世間の批判を浴びて、次々と引き下げられ、被告が範とした日本船舶振興会自体がその退職規程を改正していること等が挙げられる。

第三争点に対する判断

一本件退職規程変更による原告の不利益

1  前記争いのない事実によれば、被告の職員は、本件退職規程変更によって、退職手当の支給倍率が旧退職規程より低くなり、退職手当それ自体に関してみれば不利益に変更されたものということができ、原告については、退職手当の支給倍率の低下がなければ、退職時に新給与規程を前提として更に約三〇〇万円の支払いを受けることができたものと計算することができる。

2 退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、その不利益の程度を考慮しても、なおそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁判所大法廷昭和四三年一二月二五日判決・民集二二巻一三号三四五九頁、同第三小法廷昭和六三年二月一六日判決・民集四二巻二号六〇頁参照)。

そこで、本件退職規程変更による不利益の程度、本件退職規程変更の必要性・内容、他の労働条件の改善の有無・内容について検討する。

二本件退職規程変更の経緯

1  前記争いのない事実及び末尾記載の証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和六一年四月ころ、給与、退職手当及び諸手当を含めた給与制度全体の改正に着手し、被告専務理事、常務理事、参与、事務局長、総務課長、本部庶務係長、航空公害研究センター副所長を委員とする給与検討委員会を設置した。被告の財政基盤は、財団法人日本船舶振興会の補助金、航空会社からの協力金等が中心であったことなどの事情から、給与制度及び給与水準は右振興会の規程をモデルにして定められたものであり、被告職員に支給される給与は右振興会の査定に基づいて、他の同種航空団体(財団法人航空振興財団及び財団法人航空保安協会)は事実上同一歩調で決定されていた。当時の給与体系は、従事している仕事の内容とは無関係に、給与が通し号俸制になっているため、例えば事務補助をしている職員の給与が本部の課長代理の給与より高いといった不合理な状況があったこと、給与が公務員に比べて高位号俸になるにつれて乖離が大きくなること、退職手当の支給限度が無制限で、かつ支給率が公務員に比べて高いこと、給与制度全般をみた場合、給与が低いのに比べ退職手当が高く、制度としてバランスを欠いていることなどの問題があった。(〈書証番号略〉)

(二) 被告は、各事務所長及び駐車場長宛てに、昭和六一年七月一八日付の「給与体系の見直しについて」と題する書面で、「さきの所(場)長会議において、理事長より説明のあった給与体系(駐車場現業職員を除く。)の見直しについて、命により検討会を設け、目下鋭意検討中のところであるが、現地の意見を聴取し、検討の参考にいたしたいので、職員・嘱託の給与体系について、どんな事項でも結構ですから忌憚のないご意見を、文書により八月九日までに提出願いたい。」旨の通知を発した。(〈書証番号略〉)

(三) 給与検討委員会は、昭和六一年九月の会議において、退職手当について、支給限度額を設けること、支給率を下げること、算定基礎額を本俸だけに限定することなどを内容とする案の具体的検討を始め、同年一一月の事務所長及び駐車場長会議においても給与増額と同時に退職手当の支給率を低減する旨の説明をした。これに対して、航空公害研究センター副所長高橋一から、退職手当の改正だけは後日実施したほうがよいのではないかとの提案がなされた。しかし、給与制度改正の趣旨は、公務員の給与制度に準じて合理的にするというものであったから、給与を増額した上で退職手当を従来のままにしておくことは給与体系のバランスを崩すことになり、また、退職手当改正を後回しにすると、その時点で職員の反発を受けて改正を実現することが難しくなるものと予測され、給与改正と同時に退職手当改正を実施する必要があったため、被告は、高橋一に対し、今回の改正が給与制度全体の改正であり、給与、退職手当、定年制等すべての改正を一体として実施するものであるから、退職手当改正だけを後にすることはできない旨回答した。(証人矢崎昌男の証言)

(四) 給与改定委員会は、定年延長の社会的趨勢、高年齢者雇用安定法の公布施行の下において、旧規程による定年を公務員並みに是正する必要を認め、これを受けた被告は、昭和六二年三月二三日付で、職員就業規則三五条三項を改正し(同月三一日施行)、職員の定年を五七歳から六〇歳に延長した。(〈書証番号略〉)

(五) 昭和六二年五月七日、八日開催の事務所長及び駐車場長会議で配布された「事務所長及び駐車場長会議資料」(給与改正の第一次案)中には、職員及び嘱託の給与体系の改正についての理由として、「(1)職員については、その給与体系は通し号俸制であり、多様化する職務の内容及び責任の度合いに適切に対応することが難しくなってきている。また、その給与は下に厚く、上に薄い傾向が見られ、特に上位号俸においては、公務員の俸給に比べて低い水準にあるものと考えられる反面、諸手当については、給与体系の中で比較的高い比重を占めていると思われる。(中略)(3)当協会の管理費や事業費については、従来その一部を日本船舶振興会の助成金及び補助交付金に依存してきたが、昭和六一年度以降は、協会独自の資金により賄うこととなった。この主たる資金は空港駐車場の収益であり、これは一応漸増する傾向が見られるが、将来における国有財産使用料の値上げ及び売上げ税の新設等の不確定要素もあり、必ずしも楽観を許さない状況にある。しかしながら、今後より一層の合理化、企業努力を図ることにより中期的見通しにおいては、事業に必要な資金はもちろん所要の給与改善に充てる資金の確保は、一応可能であると考えられる。以上の理由により、今般、職員及び嘱託の給与体系を長期的視点に立ち、職務内容に対応させる等抜本的に見直すこととする。」との説明が記載され、また、「今回の職員の給与体系の見直しに当たっては、俸給、諸手当等給与全般にわたり公務員の給与体系に極力準拠して改正する。」との改正方針の下に、改正要旨として、「(1)職員の俸給については、できるだけ公務員の給与体系に準ずる方針の基に検討することとし、職務の内容及び責任の度合いに給与を適切に対応させるため、職務内容に応じた六段階の格を制定するとともに、この格に対応する一級から六級までの俸給表を新設した。また、諸手当の制度についても、公務員に準じた調整手当制度を新設し、公務員にない食事手当は廃止することとしたが、調整手当の適用されない地区との職員の不均衡を是正するため、在職者についてのみ、食事手当相当額の準調整手当制度を新設した。このほか、切替時においては公務員並みに過去の特別昇給を考慮することとしたほか、住宅手当及び超過勤務手当についても、極力公務員に準拠した算出方法に改正することとした。(2)前職が公務員であった職員の俸給は、現在、「総額制」及び「号俸制」の二種類に分かれているが、今後「総額制」給与に統一することとする。また、この給与の中には本来役職手当が含まれていると理解すべきものと考えられるので、超過勤務手当については、今後支給しないこととする。さらに、号俸適用職員と同様食事手当は廃止し、これに相当する額を「総額制」給与に加算することとした。(3)退職手当については、公務員並みに改正する予定で検討中である。(4)定年年齢については、公務員に準じて六〇才に延長(昭和六二年三月三一日)した。」と記載されていた。また、同資料の末尾には、参考として、検討中の退職手当の概要が新旧対照の形で示され、支給割合については未決定であるものの、算定基礎額を本俸の月額、算定期間の単位を勤続年数、支給額を本俸月額×勤続年数×支給割合、支給限度額を本俸月額×62.7と改正する案が明記されていた。(〈書証番号略〉)

(六) 被告は、昭和六二年六月一二日現在で、右給与改正の第一次案に対する航空公害研究センターほか全国の事務所・駐車場の職員からの質疑事項及びこれに対する回答の要旨を記載した「新給与制度の質疑事項について」と題する文書を作成し、これを同月一七日の事務所長及び駐車場長会議で配布した。同文書で取り上げられている事項は、実施時期等の総括的なものから、職員の格、新俸給表、特別昇給、諸手当等の給与に関するもの、さらには退職手当に関するものにも及んでいて、退職手当に関しては、職員から出されていた「支給割合が現行を下まわるような改正がなされた場合は、本制度の施行日前から在職している職員(及び嘱託職員)の施行日までの在職期間については、不利とならないよう特別の経過措置を考慮いただきますようお願いします。」との要望に対して、被告から、「退職手当の改正については、単独で改正する場合は暫定措置を考慮する必要もあると考えられるが、今回の改正は、退職手当も含めた給与体系全般にわたる大改正であるので、経過措置は講じない予定である。」との回答が示されていた。(〈書証番号略〉)

(七) 昭和六二年九月三日付「給与制度の改正について」と題する文書は、前記「事務所長及び駐車場長会議資料」を基本的に受け継ぎ、その後の検討結果をふまえてこれを具体化したもので、右資料では「検討中」とされていた退職手当について、「今回の給与検討に当たっては、職員については公務員に準ずるという方針であるので、退職手当についても公務員に準じて改正する(参考・現行退職手当は、職員に適用するものと嘱託に適用するものとの区別がなく、かつ公務員の退職手当より相当有利なものとなっている。)。」との考え方が記載され、退職手当の額、長期勤続者に対する特例、退職手当の最高限度額(前記資料では「本俸月額×62.7」とされていたのが、「本俸月額×六〇、ただし整理退職等の場合の退職であって、長期勤続者に対する割増制度の適用を受けるときは、本俸月額×62.7とする。」と修正された。)等の具体的改正案が示された。(〈書証番号略〉)

(八) 右「給与制度の改正について」と題する文書は、昭和六二年九月一〇日付通知(給与制度の改正について)により各事務所長及び駐車場長に通知され、原告が所属していた航空公害研究センターにおいても、その頃これが回覧され、職員による検討会が開かれた。同通知書には、「標記について、昨年四月給与検討委員会を設け検討を重ねてきたが、このたび、別添「給与制度の改正について」のとおり改正内容を最終的に取りまとめたので、通知する。別添の改正内容は、本年五月の事務所長及び駐車場長会議において配布した資料の内容に、その後の検討において一部修正又は追加したものが含まれているが、同会議資料との相違点は別紙のとおりである。本給与制度改正に関連する「職員の格の制定に関する規程」、「職員給与規程」、「職員退職手当支給規程」及び「嘱託の取扱いについて」等の規程類については、現在制定又は改正作業を取り進めているが、これにはなお時間を要することが予想される。しかし、これら規程の適用は、昭和六二年一〇月一日に遡及して実施する予定である。また、駐車場現業職員に対する退職手当については、目下別途に検討中であり、改正の適用は新年度を目標と考えているので念のため申し添える。なお、今回の給与制度改正の内容については、職員に十分周知するとともに意見があれば至急通報されたい。」と記載されていた。(〈書証番号略〉、証人矢崎昌男の証言)

(九) 被告は、昭和六三年三月一〇日付で給与制度改正にともなう関連規程、すなわち、「職員の格に関する規程」、「職員給与規程」、「職員退職手当支給規程」、「現業職員退職手当支給規程」及び「嘱託の就業等に関する規程」の制定等を行った。いずれの規程も、昭和六三年三月一〇日から施行し、昭和六二年一〇月一日から適用することとされた。(〈書証番号略〉)

2 右認定事実によれば、被告職員の給与については、その職務の性格からみて、公務員並みの水準に改善されることが望まれていたところ、被告の給与制度には、退職手当の支給限度がなく、かつ支給倍率が公務員に比べて遙かに高く、その結果、給与が低いのに比べ退職手当が高く、制度としてバランスを欠き不合理であるという問題があったため、その改正が迫られていた状況にあり、このような不合理を招来する旧退職規程を改正しないまま給与改善と定年延長を併せて実施するならば、給与に一定の支給割合を乗じて算出される退職手当がますます多額になるため、その不合理性は一層助長され、本件給与制度改正の趣旨を没却する結果になることは明らかであったものということができ、本件退職規程変更は、給与制度改正の一環として、給与、諸手当等の改正と一体をなすものとして実施されたものと認めることができる。

なお、原告は、給与改正は、それまでの極めて低い給与水準を単に公務員並みに引き上げたものであり、当然なされるべくしてなされたものに過ぎないとして、給与規程改正と本件退職規程変更との間には関連性がないと主張し、原告本人尋問においても、その旨を供述した上、本件退職規程変更の内容を知ったのは、給与規程改正による給与の増額が実施されて以後であった旨を供述するけれども、改正前の給与水準が極めて低いものであったかどうかはともかく、給与規程改正がその必然の結果であるとは到底いえないから、これをもって本件退職規程変更が給与制度改正の一環としてなされたことを左右するものとならないし、また、前記認定にかかる給与制度改正手続の経緯に照らし、本件退職規程変更の内容を知った時期についての原告の右供述を採用することはできない。

三給与規程改正を前提とする本件退職規程変更による不利益の程度

1 本件退職規程変更と給与規程改正とは不可分一体の関係にあること前記のとおりであるから、本件退職規程変更によって被告職員の受ける不利益の程度については本件退職規程変更だけを独立に取り上げて判断するのは妥当でなく、給与制度改正の全体の中で検討すべき筋合であるところ、給与規程改正及び本件退職規程変更等の本件給与制度の主要な改正内容については、証拠(〈書証番号略〉)によれば、以下のとおりであることが認められる。

(一) 従来の一号俸から三五号俸までの通し号俸制を改め、職務の内容及び責任の度合いに応じて主事補、主事、主査、副参事、参事、上席参事の六段階の格を制定した。そして、この格に対応して一級から六級の俸給表を新設した。これにより今後は格と級の二つの区分で昇格、昇級がなされることとなり、旧給与規程に基づく昭和六二年度の本俸基準表は別紙(一)のとおりであり、新給与規程に基づく昭和六二年一〇月一日適用の俸給表は別紙(二)のとおりとなった。

なお、給与規程にともなう俸給表の切替えに際しては、次の措置がとられた。①標準的な公務員が在職年数に応じて昇給、昇格した場合を想定して、その者の格に対応する新俸給表の級及び号俸へ切り替える。②以前の給与制度において存しなかった特別昇給制度を設け、公務員においては概ね七年間に一回の割合の特別昇給があることに鑑み、かかる特別昇給制度を過去に遡及適用(原則として、採用時から七年経過ごとに一回の特別昇給が過去にあったものとして、新俸給表への切替えを行う。)し、このような特別昇給の遡及適用の恩恵を受けられなかった者に対しては、将来二回までは七年経過ごとに一回の割合で特別昇給させる。

また、俸給について、従来の通し号俸制の下位の者は国家公務員と比較しても高いレベルにあったが、各職員の旧俸給表から新俸給表への切替えは従来の俸給を基準に行った。

(二) 諸手当については、勤務地別の調整手当制度を新設し、一方公務員には存在しない食事手当は廃止したが、調整手当非該当者については食事手当相当額を準調整手当として暫定的に支給することにし、既得権を保護した。また、住宅手当については、公務員に準じ、本来の意味に戻して職員の住宅状況に応じて支給の有無、額を定めることとした。超過勤務手当については、改正前の時間単価計算方式が「{(本俸+役職手当+研究手当+住宅手当+食事手当)×一二(月)}÷{三八(時間)×五二(週)}」とされていたのが、「{(本俸+調整手当又は準調整手当+研究手当)×一二(月)}÷{三八(時間)×五二(週)}」とされた。研究手当はそのまま存続した。

(三) 退職手当については、俸給の上昇により算定基礎額が向上したが(ただし、算定基礎額については、改正前は「本俸+役職手当の月額の合計額」であったのが、改正後には「本俸の月額」とされた。)、支給割合は低下し、また従来存しなかった支給限度額(原則として「本俸月額×六〇」)が設けられた。

(四) 被告は、本件退職規程変更の改正作業中に、大阪事務所及び駐車場、東京事務所の職員から退職手当について経過措置を考慮して欲しい旨の要望が出されたため、給与検討委員会で検討の結果、経過措置として、新退職規程に附則を設けたが、若年早期退職者に配慮する必要から、更に昭和六三年八月一六日付「職員退職手当支給規程の一部を改正する規程」をもって、本件附則を制定した。この趣旨は、若年早期退職者について単純に新退職規程を適用すると、適用日の新俸給額と実際に退職する場合に適用される新退職規程の条項により算出される退職手当額が、適用日の前日の旧俸給額と適用日の前日に退職したと仮定して適用される旧退職規程の条項により算出される退職手当額を下回る場合があり、この場合は、いわば既得権侵害の問題が生じるので、右経過規程を設けることにより、改正給与制度の適用日の前日(昭和六二年九月三〇日)において計算上算出される退職手当額を保障したものである。

2 右事実によれば、本件退職規程変更により被告職員が退職時に受領する退職手当の支給倍率は低減されたとはいえ、これと一体となった給与規程改正により給与自体が従前の昇給相当分を大幅に越えて増額されたため、退職時の給与に所定の支給割合を乗じて算出される退職手当は見かけほど低下したことにはなっておらず、その一方で、賞与を含む給与の増額改善、さらには退職手当として後払いされるべき部分を給与として事前に受け取っているものと評価することができる金利相当分の利益をも合わせ考慮するならば、金額的に確定することはできないものの、本件給与制度改正により被告職員が被る実質的な不利益は、被告と同一歩調をとってきた財団法人航空振興財団の俸給表ないし公務員のベースアップ率を基準とする限り、僅かなものであると認めることができる。

これを原告に関してみると、新退職規程が適用される昭和六二年一〇月一日から原告が定年である六〇歳まで被告に勤務したとして、その定年時の平成二四年度までの間、原告の改正前給与及び改正前退職手当については、本件給与制度改正まで被告とまったく同一の俸給表を用い、給与水準の改訂に際しても被告と同一歩調をとってきた財団法人航空振興財団の俸給表に基づき、改正後給与及び改正後退職手当については、新退職規程に基づき、それぞれ想定して算出すると、別紙(三)のとおりとなることが推測される(〈書証番号略〉、証人矢崎昌男の証言)。

もっとも、別紙(三)の試算は、旧給与規程に基づく給与を算出するに当たって財団法人航空振興財団の俸給表を基準とし、本件退職規程変更がなければ従前以上の給与改善が一切実現されないことを前提としたものであるだけでなく、平成三年度以降の給与については、いずれも平成二年度の俸給表に依拠しているため、通常予想されるベースアップ分が考慮されていないうえ、昇格・昇給についても不確定な要素を含むもので、あくまで想定される支給額であるとの性格を免れない。特に、前記認定のとおり、給与改正による給与増額の利益は時間が経過するにつれて増加することが認められるから、本件給与制度改正後間もなく被告を退職したような場合には、退職時点までの給与の増額分が退職手当の減額分にいまだ達しないという事態も想定されるところであって、現に、昭和六三年に退職した被告の元職員二名が被告を相手に提起した本件と同種の訴訟(当庁昭和六三年(ワ)第一八〇三二号退職金請求事件)は、同人らが本件給与制度改正後すぐに被告を退職したため、退職時点までの給与の増額分が退職手当の減額分をわずかに下回った事案であることが認められる(〈書証番号略〉)。しかし、このような事態も、本件給与制度改正後の一定の短期間内に限って生ずるものであり、その後は不利益が少なくなり、やがて解消されることが推認され(〈書証番号略〉、証人矢崎昌男の証言)、また、本件退職規程変更がなくても従前以上の給与改善が実現したであろうことを認めるに足りる証拠はない。

四本件退職規程変更の合理性

1  本件退職規程変更の当時、以下のような事情があったことが認められる。

(一) 当時、職員からも公務員並みに給与を改善して欲しいとの要望が出されていたが、被告には、財団法人日本般舶振興会の補助金を受けており、そのためにその給与査定に従わざるを得ず、他の航空団体と同一歩調をとるべきであるという制約があったことから、自主的に給与改正を実現できない事情があったため、給与制度を改正する財政的基盤ができていなかった。しかし、その後、被告の運営する空港駐車場の収益が順調に伸びて財源の確保ができてきたため、昭和六一年度からは右振興会の補助金を辞退して、被告が自主独立して給与制度を変更する体制ができ、また、長期的にみて駐車場の収益は今後も一応伸びていくであろうとの予測のもとに、給与制度改正に踏み切ることができるようになった。(〈書証番号略〉)

(二) 被告の給与検討委員会は、各団体及び公務員の給与表を集めて比較検討した結果、被告事業の公共性という公益法人としての性格、公務員の給与体系は完備されており、これによれば被告の給与制度が抱えた前記問題点も解決することができるとの視点、さらには職員の要望等からして、公務員に準じていくのが妥当ではないかとの結論に至り、給与制度を公務員に準じて改正することが最善の措置であると判断できる状況となった。(〈書証番号略〉)

(三) 地方自治体の高額退職手当制度が世間の批判を浴びて次々と引き下げられており、被告が範とした日本船舶振興会の退職規程も改正された(〈書証番号略〉)。

(四) 被告は、空港駐車場からの収入を主たる収入として公益的事業を行っているところ、国から空港駐車場用地の使用許可を受けている関係から、被告の自主財源の支出に当たっては合理的な制約が存在していた。例えば、運輸省は、公益法人に対して、定期的な監査を実施しており、監査においては給与の占める割合、個人の給与に関する資料等の提出が求められるのであり、これら人件費が過大であると判断された場合には運輸省からの是正指導のみならず、駐車場の使用許可が国から与えられないという事態も考えられた。(〈書証番号略〉、証人矢崎昌男の証言)

2 右の諸事情及び前記の認定のとおり、改正前の給与制度には不合理な点があり、給与、退職手当を含めて勤労意欲を向上せしめるようなバランスのよい給与制度とする必要性があったこと、退職手当の算定方式については、その支給割合が極めて高水準で、しかも、支給限度がなく、公務員の退職手当より相当有利なものであったため、算定方式を従来のままにして、社会的な趨勢ともなっている定年を延長し、かつ給与も増額するとするなら、旧退職規程の不当性はさらに拡大することになるのであって、本件退職規程変更が給与改善及び定年延長の前提として必要不可欠であったことに鑑みると、本件給与制度改正の必要性が認められ、かつ、その改正された給与制度の内容自体、公務員に極力準じたものになっており、相応の社会的妥当性が存すると認められる。

五以上、本件退職規程変更によって被った原告の不利益の程度、本件退職規程変更の必要性、他の労働条件の改善内容を総合して考慮するならば、本件退職規程変更により職員が被る不利益はその変更後の一定の短期間内に限って生ずるもので、かつ、その不利益の程度も僅かである反面、本件退職規程変更が本件給与制度改正及び定年延長の前提として必要不可欠なものであったことは十分首肯でき、内容自体にも社会的妥当性が認められるから、本件退職規程変更は被告職員である原告がこれを受忍すべき高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるというべきである。

以上によれば、本件退職規程変更は有効なものというべきであるから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官飯塚宏 裁判官佐々木直人)

別紙

(一)

本俸基準表 62.4.1適用

号俸

本俸の額

号俸

本俸の額

1

99,800

21

187,100

2

102,400

22

193,200

3

105,000

23

199,200

4

107,900

24

205,000

5

110,800

25

210,550

6

113,750

26

215,600

7

116,900

27

220,300

8

120,100

28

225,100

9

123,600

29

229,850

10

127,200

30

234,600

11

131,600

31

239,400

12

135,900

32

243,900

13

140,650

33

248,400

14

145,800

34

252,800

15

151,200

35

257,000

16

156,800

17

162,600

18

168,700

19

174,800

20

181,000

別紙

(二)俸給表

昭和62年10月1日適用

主事補

主事

主査

副参事

参事

上席参事

1級

2級

3級

4級

5級

6級

号俸

俸給月額

俸給月額

俸給月額

俸給月額

俸給月額

俸給月額

1

99,800

135,400

165,200

197,700

232,800

261,400

2

102,400

142,300

172,800

206,000

241,600

272,300

3

105,000

149,200

180,400

214,400

250,600

283,200

4

107,900

156,200

188,300

222,800

259,700

294,200

5

110,800

163,400

196,300

231,200

269,000

305,400

6

113,750

170,500

204,200

239,600

278,300

316,500

7

116,900

177,400

212,000

247,900

287,700

327,700

8

120,100

184,200

219,600

256,500

297,000

338,700

9

124,100

189,900

226,900

265,200

306,300

349,700

10

129,100

195,500

234,100

274,000

315,500

360,300

11

135,300

201,000

241,300

282,800

324,700

370,600

12

141,800

206,300

248,500

291,600

333,800

380,600

13

147,000

211,600

255,300

300,300

342,400

389,500

14

152,200

216,400

262,100

308,400

350,900

396,300

15

157,200

221,000

268,100

315,900

357,900

402,900

16

161,700

225,600

273,900

322,000

364,300

407,400

17

165,800

229,800

278,200

327,700

368,600

411,900

18

169,900

233,300

281,900

331,700

372,600

416,200

19

173,900

236,500

285,500

335,600

376,600

20

239,000

288,200

339,500

380,500

21

241,500

290,800

343,300

384,300

22

243,900

293,400

347,100

23

246,300

296,000

350,800

24

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298,600

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25

250,900

301,100

26

253,200

303,600

27

255,400

306,000

28

308,400

別紙(三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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